居候を4か月してみてわかったこと

実は僕、現在29歳にして居候の身である。

それも居候になってから4カ月ほどが経過している。

現代の日本人で居候をしたことがあるという人間もなかなかいない気がするので、居候してみての感想を簡単に記しておく。

なんで居候なんてやってんの?

なぜ居候などという、現代に生きる日本人にはあまり当てはまらない生活を送っているのか、まずはそこからお話しなければなるまい。

僕は4カ月前まで香川県の実家で暮らし、兄の友人と農業に従事していた。
給料は安かったし休みも多くなかったが、人間関係は良好だったし仕事が性に合っていたのか、不満を感じることもなく平和に毎日を過ごしていた。

しかし今からちょうど一年前、急に専門学校時代の後輩(女)から「久しぶりに飲みません?」的なラインがきたのである。

正直な感想として、初めそのラインを見たときは「怪しい商材でも買わされるのかな?」と思った。
なにせ仲は良かったとはいえ卒業してから一度も連絡もしていないし、加えて僕は28年間彼女なし+童貞という拗らせるだけ拗らせすぎた性格から、この連絡を疑いの目でしか見ることができなかったのである。

だって普通に考えたら、どう考えても怪しくない?これ。

ということで「忙しいということでまた今度」と言って放置していたのだが、後日もう一度連絡が来た。

正直気は進まなかった。

農業をやったことがある人にはわかってもらえると思うのだが、3日も一気に休むなんてのはまあまあ厳しい。
特に僕のように、ほぼ2人でやっているような小規模の農家だとなおさらだ。

加えて東京に行くにはお金もまあまあかかる。
ぶっちゃけクソ野郎の思考だが、東京に行く時間と金があるなら、趣味のバイクで九州あたりに遊びに行きたいと思ったくらいだ。

しかし僕たちのやっていた農業では6月はまあまあ暇で休みがとりやすかったこと、東京の友人たちにも久しぶりに会ってもいいかなと思ったこと、梅雨でバイクに乗るのもだるいことなどが重なったため、久々に東京に遊びに行くことにした。

話とは関係ないが、一緒に仕事をしている人が休みを取ることに寛容だったこと、こちらからこう仕事を進めたいと伝えれば信頼して任せてもらえる上司だったことはほんとラッキーだったし、今も感謝している。

んで、東京に行って久しぶりに後輩と飲んだわけだが、久しぶりの再会で告白されるという今どき少女漫画でも起こりえないようなことが実際に起こったのである。

告白された瞬間は目の前の子が何を言ってるのかよくわからなかった、思考がいろいろと停止した。

28年間彼女なし童貞を貫いてきた僕は、こんなミラクル起こりうるのかと思った。
奇跡は起こらないから奇跡と言うんじゃなかったのか、僕はKANONでそう学んだぞ。

遠距離だし童貞を拗らせすぎていたせいで本気で彼女とかいらねえなあとも思ったが、彼女を作ってみたら何か違う世界が見えるのかもしれないし、付き合ってみないとわからないこともあるだろうとも思った。

で、遠距離は大変だと聞くし、仕事上休みも多くはとれないからそんなに会えないけど大丈夫かなどを聞き、それでもいいというので付き合うことにした。

その後の彼女との話は詳しくは書かないが、とりあえず付き合って良かったです。
これは嘘偽りなく本当に心の底からそう思ってます。

確かに自分に使えるお金は減るし、遠距離ゆえ遊びに行くだけでまあまあお金もかかるのだが、そもそも自分にもあまりお金を使ってなかったし、誰かのために頑張ろうと思えるようになったというだけでも最底辺のクズから底辺のクズ辺りまでには上ってこれた気がする

で、まあなんやかんやで付き合い続けていたのだが、今年の2月にスパっと農業をやめた。
3年やってなんとなく農業をどうやればいいのかわかったということ、20代最後の年だし何か新しいことを始めてみるかと思ったこと、彼女いるしだったら東京周辺で暮らせばいいんじゃないかと思ったことなどが理由である。

しかし実家住みから1人暮らしをしようとすると、当然生活に必要なものをそろえる必要が出てくる。

具体的には住む場所を決め、その上で冷蔵庫やベッド、洗濯機などの生活必須レベルのものたちだ。
最初は洗濯機はコインランドリーで、ベッドはとりあえず寝袋があればいける、冷蔵庫がないのは厳しいけど、まあまだ3月なら気温も高くないし外にでも放り出せばいけるだろうと思っていた。

こんな話を友人たちに話すと、その中におばあちゃんが住んでいた一軒家に1人で住んでいるという友達が、

「だったらウチに部屋空いてるから、そこ住む?」

と言ってくれたのである。
持つべきものは友とはよく言ったものだ、ほんとに感謝しかない。

で、最初は家が決まるまでの1~2カ月程度とお互いに思っていたのだが、想像以上に2人で住んで苦がなく、むしろ自分たちにとってはメリットしかない、ということで今も彼の好意に甘えて住み続けているわけだ。

長々と話したが、これが現在居候を続けている理由である。

本題:4カ月の居候生活でわかったこと

ここまで自分語りをやってしまったが、ようやく本題に入る。
ずばり、4カ月の居候生活でわかったことである。

気が合う人と住めば、特に問題が起こらない

これである。

いま居候なんだと言うと「1人の時間がないと嫌じゃない?」とか「友達と言えど他人と一緒に住むのきつくない?」あたりをよく言われる。
僕も1人の時間が割と欲しいタイプだし、居候をしてみるまでは正直キツいんじゃないかなと思っていた。

しかし先に言っておこう、まったくキツくない。

まず1人の時間がないと嫌だに関してはめちゃくちゃよくわかる。

外交的な人間は友達と遊びまくることで英気が養われるのかもしれないが、僕のように内向的な人間は1人の時間が最も心身ともに休まるからだ。

よって1日の内、どこかのタイミングで1人の時間は絶対に確保したい。
居候とかすると、それが難しいんじゃないか。
その不安は確かにあった。

しかしよくよく考えてみれば、同じ家に住むからと言って四六時中同じ空間にいるわけではないのは当たり前である。
なにせお互い大人な身、生活リズムが違うのだ。

加えて僕の場合はさらに家主が結構激務の仕事で、僕が起きてる時間に帰ってこないこともある。
いまやこの家の家主は僕と言っても過言ではないくらいのくつろぎっぷりである。

そういうわけで1人の時間がないとキツくない?という心配はほぼ不要だということをお伝えしておきたい。

ただ、これがワンルームだったら確かにどうだったかはわからない。

そういう意味で下積み時代のサンドウィッチマンのお2人はほんと凄いと思った。
さすがにあれは僕もホモにならない限りキツいと思うわ。

で、もう1つの「一緒に住むとかきつくない?」みたいな話。

ここまで述べたように僕にとって居候でキツいことってほぼないに等しい。
これを言う人は「他人と一緒なスペースで暮らすこと自体がキツイ」と言ってたけど、それって結婚しないってことなのだろうか?

同じ家に住んでも、ずっと同じ空間にいるわけじゃないからキツいこともないんだが、このあたりは感覚の問題なのかもしれない。

寂しくはなくなる

一概にメリットとも言い切れないんだが、まあ悪くはない。
普段の生活の中でひと言ふた言でも会話があるのはいいことじゃないか。

農業をやっていた時なんて、仕事で会う人を除けばほぼ家族としか話をしていなかったので、同い年の友人と話す機会が多いということはそれだけで生活が楽しくなる。
休日のひどい日なんかは、夜に「さて寝るか」と一言呟くのが、その日の最初で最後の発声だったくらいだし。

ただ上で述べたように、これが多くなりすぎると僕には厳しい。
彼女とならともかく、男友達とほんとにずっと一緒なら僕も出ていっていたかもしれない。

不便なことは1つもないのか?

んなことたあない、人が1人で住むのと2人で住むのでは違いは出てくる。
それに伴って不便な点だって当然出てくる、というかまあまあある。

彼女を家に呼びづらい

「ついこの間まで彼女なんて作ったこともなかった男が急に色気づきやがって、このイきりクソ童貞が!」って思われるかもしれないのだが、これが一番困ることだから仕方ない。

呼べないことはないんだ。
お互い呼ぶとなったら別の友達の家に泊まらせてもらったり、そも彼女の家に泊まりに行ったりするだけだから。

が、だからと言って頻繁に呼べるかというとそれは無理。
家主はいいとして、僕はどうやったって呼びづらい。

これはもう気持ち的な問題である。
家主を追い出して「ここが我が家だよ^^」みたいな顔で案内するわけにはいかん。

なので基本家で遊ぶとなったら僕が彼女の家に行くことになるが、こればっかりは仕方ないと割り切っている。

洗濯や風呂に入りたいタイミングが被ることがある

これもできる限り被らないようにしているが、どうやったって被ることはある。
で、大体居候させてもらってる身+僕の方が急ぐわけではないことが多いから譲ることにしている。

寝ている時に帰ってきて目が覚める

ちょくちょくある。
これが嫌なら1人暮らしするか、生活リズムのあう人と暮らすしかないため仕方ないと割り切っている。

1人で何かしたい時にできないことがある

あんまりないけどね、あることにはある。
「1人で集中してゲームがしたいんだ!」みたいなときにも、真横の部屋でガヤガヤ何かをやってることがあり、これは間違いなく不便。

でもまあここまで書いておいてなんだけど、この辺りは居候にかぎらず、家族でも誰でも一緒に住むとなったら起こりうる問題だろうし、居候してのデメリットにはなりえないかもしれない。

家主の都合で強制的に退去を迫られるリスクがある

考えうる上での最大のリスクはこれ。

こればかりはいかんともしがたい。
だって契約とかしてなくて、こっちはお願いして住まわせてもらってる身だから。
お金を払っててもこれはこれ、それはそれ。

家主の家族に万が一なにかあったら、あるいは家主が結婚して奥さんと一緒に住むようになったらなどなど。
起きて欲しいことと欲しくないこと、どちらにしてもそれなりに起きうる可能性はある。

このリスクは割と大きめのリスクとして存在していると思う。

居候って結局どう?

悪くない(良いとも言わない)

僕はめちゃくちゃ安く住む場所を貸してもらえている、家主にとっても多少ではあるが定期的に収入が手に入るということでむしろお互いにとってWin-Winでしかない状況である。
上で挙げたようなデメリットも存在するから、確かに面倒な部分はあるにはあるんだが。

で、そんなメリットデメリットを考えてみて僕が居候って身分について思ったことは「他人と一緒な家に住むこと自体がキツイ」というわけでなければ、今どきこういう暮らしもアリだと思いました。

シェアハウスやAirbnb、Uberが流行るのも感覚的にわかる気がする。
今どきこだわりがなければ、自分だけの家やモノは必要ないんだよな。

世間体の悪さ以外を置いておけばデメリットはほぼないな、というのが正直な感想。

居候をするなら次の2点を抑えておけ!

最後にもし居候をするなら、こういう心構えでいた方がいいよということを経験から語らせてもらって終わりにしたいと思う。
と言っても抑えておくポイントは2点だけである、そんなに多くはない。

家事は基本全て引き受けるくらいの気持ちで

これが基本である。

もし自分が逆の立場なら、どう考えたって気が利かない人とは一緒に住みたくない。
できる限りの家の用事をこちらが片付けておいて、家主には家で気持ちよくすごしてもらうくらいの心持でいないとダメ。

僕の場合、洗濯や部屋の掃除は家主がやるが、風呂やリビングの掃除、洗い物、ゴミ出しなどは基本僕がやれるときにやっている。

加えて洗剤やトイレットペーパー、シャンプーやせっけんなどの買い出しも基本的に僕が受け持っている。

これを当たり前だと思わないでは居候はできない、自分を家主さんちのメイドラゴンだと思い込んで生きていけ。

何か不満があっても絶対言わない

これも当たり前。

家主に何か不満を言って気分を害されたら、その時点で退去決定である。

家にいるのに気を使わなきゃいかんのかと思うかもしれないが、こればかりは我慢量だと思って割り切ろう。

とまあ、これだけである。

結局のところ感謝の気持ちをもって、謙虚に生きていこうねってだけの話。

居候に限らず、誰かと暮らす際には必ず必要な気持ち。

これさえあれば居候はそんなに苦じゃないと思いますよ、というお話でした。

多分これ一回きりでこの話は終わるけど、もし何か反響や質問があれば書こうかな。

それでは!